
2025-11-30
今の時代のニーズは、かつてよりずっと浅くて速いものを求めるようになった。
つまり──
手軽さ・即効性・刺激性。
この三つが、今の消費の中心にある。
お金を払えば、とりあえず満たされる。外見はすぐ変わり、気分も一瞬で上がる。
――「すぐ変わること」そのものが価値になってしまった。
その結果、
同じような見た目、同じような服、同じ角度の写真。他人の評価に合わせた人生。
自分の感性や思考より、“平均的に良さそうな何か”を求める。
なぜなら、
――このように、軸がないから揺れやすい。
原因を見ず、結果だけ求めれば、当然ながら行き詰まるであろう。
変化だけを追うその行為は、生き方の不安を晴らさない。
それが世俗の姿である。
では、売り手はどうか。
刺激・手軽さ・即効性を求める消費者に合わせ、売り手側もまた浅い三つの柱へ落ちていく。
もちろん、原価や人件費の高騰による価格上昇は理解できる。
けれど、かつては量を減らすか、価格を少し上げるか、どこかで「質だけは守る」という信念があったはずなのに、今はどうだろうか——。
質も落ち、量も減り、それでも価格は上がる。
それは、まるで裏切りのように感じる。
だだ、消費者のニーズが、
手軽さ・即効性・刺激的という浅いニーズである以上、
その結果として、
質の低下・量の低下・価格高騰が起きるのも必然かもしれない。
消費者が原因や本質を見ず、SNSのバズ、パッケージ、広告といった刺激だけに反応し、手軽さと速い結果を求めて即座に購入する限りは。
浅はかな消費者と軽薄な売り手は、“浅さ” のレベルで調和してしまう。
スーパーの肉パックに、見えないように忍ばせた白い脂身。
雑に処理された鶏肉は、筋や軟骨、脂身ばかり。
休日の飲食店は人手が足りず、サービスは安定せず、そのうえ質は落ち、量は控えめになる。
そう、休日の店内は常に混雑していて、空間が雑多だ。
街の喧騒のまま、人ごみにあふれ、景観は落ち着かない。
“ゆっくり過ごすためのカフェ”が、もはや本来の目的を果たせない。
美意識をもって生きるなら、混雑した店内で無理に時間を過ごす必要はない。
世俗のざわめきが届かない、凛とした空間を選べばいい。
あるいは、家に帰ってお気に入りの器にコーヒーを淹れるほうが心が整う。そのために、自宅の器をひとつずつ整え、インテリアに少し投資をする。
こうやって、満足の仕方や選択肢を自分なりに更新して、暮らしの質を上げていく。
だから私は、外食は信頼できる少数の店にしか行かない。
一度でも気分を裏切られたら、二度と行かない。
それは、自分で自分の機嫌を取るための対処法であり、世の中のせいにせず、凛として生きるための軸の立て方でもある。
そしてこれは、私なりの世俗への静かな反骨心である。
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