
2026-02-14

“He who jumps into the void owes no explanation to those who stand and watch.”
「虚無(空虚)に飛び込む者は、その場に立って見ているだけの連中に説明をする必要はない」
ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)
ここから思考を巡らせる。
そもそも、空虚と虚空の意味ってどう違うのか?
空虚は、精神的な空(から)の状態で、むなしさの意味が含まれる。
虚空は、何もない空間。仏教用語で、全ては無であるとの根源を意味する。
先ほどの名言は、「何もない」ことへの肯定で、
“J’aime le vide, j’aime le rien.”
「私は空虚が好きだ。私は何もないことが好きだ。」
(映画における物語やアクションの不足を、否定的なものではなく、想像力が働く創造的な空間として捉えるゴダールの姿勢)
こういったことを表しているようだ。
ミニマリストである私は、その意見に大いに賛成する。
虚空であることとは、
ものごとを深く考察した結果として、
余白を手にした状態のことだと思う。
だから、何もないように感じる
――けれど、確かに深いのだ。
ゴダールの名言から、思考を巡らせ、この詩に行き着いた。
浅いものがあふれている。
上辺で拡散し、氾濫している。
軽さは、痛みを経ていないゆえに
浅い価値の中で浮遊する。
痛みを通過していないものは、
深くなりえない。
そして痛みは、強制できない。
いっぽう、深いものは静かだ。
深さとは、
孤独と沈黙をくぐり抜けた、痛みの密度。
沈みながら地層になる。
やがて土台となる。
沈黙を通過した密度は、
声を張らずとも伝わる。
だから、静かでいい。
孤独を味わい深いところで生きる。
重いもののほうへ、
自然に人が引かれるように。
浅さは、
痛みをまだ知らない地点。
だから、
浅さを嗤わない。
否定もしない。
浅さがあるから、深さが際立つ。
深いものは尊い。だが誇示しない。
深みの場所で、
ときおり熱を帯び、爆発する
――それで十分だ。
深いこと。
それが生きるということ。
それは、美であるということ。
私は、日々の中で
人間の感性を失わずに、
浅さに流されず、深いところで生きていきたいと思っています。
そのために、
本質を見る視点を持ち、本質を重ねる。
正当に評価されなくても、
深いものを残したいのであります。
CATEGORY :
さいたま市大宮区桜木町1丁目378番地 ビズコンフォート大宮西口ビル